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川 ゚ -゚)クーがプリンを食べるようです   2008.07.30


川 ゚ -゚)クーがプリンを食べるようです


クーは甘いものが嫌いだった。
その中でもとくにプリンは、ほとんど大嫌いといってもよかった。
彼女が、その、円錐をまよこに切ったかたちの、
黄色いお菓子を嫌いになったのには訳があった。

彼女の実家は東京の島嶼地方だった。
高校に上がるときに上京したのだが、
彼女の住んでいた島には定期船が出入りしていて、
郵便やお菓子などを運んでいた。

彼女が5歳の時の夏、遊びから帰ってきた彼女は、
定期船で運ばれてきたプリンを食べて、3日寝込んだ。


真夏ということもあって、プリンの原料の卵が原因らしいと、
祖母が言っていたのを彼女は覚えている。
腹を壊して寝込んだのは、彼女だけではなかった。
島全体で、プリンを食べた子供がほぼ全員
食中毒をおこし、結構な騒ぎになった。

幸い誰も命に別状はなく、クーも3日後には
外を跳ね回っていた。
以来、彼女の母親はことあるごとにその話を持ち出しては
彼女の健康ぶりを褒め称え、
日ごろの行いが良かったのだと言った。
それが社会人になっても続くものだから、
彼女はいい加減うんざり気味ではあったが。

そしてそれ以来、彼女の意識の深い所には、
彼女自身もどうしようもないところで
プリンに対するマイナスのイメージが
刻み込まれたのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

クーは小さな会計事務所に勤めていたが、
その日は仕事を早く終えることができた。
いつもと違う夕方の時間帯の街は、
寂しげだがどこか活気があるようにも思えた。

駅前の喫茶店の、通りに面した
大きなガラス窓の前を通りがかった時、
不思議な光景を目にして、彼女は思わず立ち止まった。

喫茶店の窓際の席で、
高校生くらいの女の子が、猛烈な勢いで
目の前のテーブルに並んだ料理を口に運んでいる。
よくみるとそれらは全て色とりどりのデザートで、
向かいに座ったもう1人の女の子が心配そうに見ていた。


クーはその食べっぷりをしばらく眺めていたが、
自分が道の真ん中で立ち止まってしまっていることに気づいて、
ガラスの向こうの彼女から視線をそらした。
彼女の食べているデザートの中に一瞬、プリンが見えた気がしたが、
クーは確認する暇もなく、人の流れに押し流されていった。

翌日もクーがその喫茶店の前を通ると、
昨日の少女がまたしても山ほどのデザートを目の前に並べていた。
向かいの席には誰もいない。

クーは不思議に思った。
やけ食いなら彼女も経験がある。
だが、二日連続でやけ食いというのは聞いたことがなかった。
ただのお菓子好きかもしれない。
だがクーの見る限り、ガラス越しに見えるテーブルの上のデザートは、
単なる趣向の範囲を超えているように思えた。


彼女は、なぜ一人で喫茶店に来てまで、お菓子を食べ続けるのだろうか?
クーは、たまたま前を通りがかっただけの
彼女のことがなぜこんなに気になるのか分からなかった。
あるいはその時クーの目に入った、
少女が一心不乱に食べていたプリンの雰囲気が、
子供のころ食べたプリンのそれに似ていたからかもしれなかった。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

クーの食べたプリン。
今ではその時の記憶は薄れてしまっていて、
むしろ肉体的な感触のほうが強く残っていた。

かなり軽めなくせに、妙に安心感のある容器。
ふたを開けるとすぐに、卵の強い香りが漂ってくる。
視界を覆う広大な黄色の奥深くに潜む
こげ茶色のカラメルは、プリンを食べる子供にとって、
等しく貴重なものだった。


口に入れる。
淡白な味。
のどを滑り降りる感触が心地いい。
次々に口に運ぶ。カラメルに当たった時は気分がよかった。
砂糖の遠慮のない甘さが、
幼い頃の彼女の味覚にはちょうど良かった。

そしてそのあとに襲ってきた、理不尽な苦痛――。
高熱と、身体ごと放り出してしまいたくなるような痛みが
彼女を苦しめた。

望むと望まざるとに関わらず、
彼女がプリンのことを思い出すときは、
必ずその記憶の残滓がセットになって蘇ってくるのだった。

それは例えるならば、ぐちゃぐちゃの針箱から、
一本の糸だけを選んで取り出すようなものだ。
白い糸を選んだつもりでも、赤い、必要のない糸が
絡まってきて、結局白い糸も使わなくなってしまうような、
そんな感覚が彼女にはずっとつきまとっていた。


所詮は子供のころの記憶だが、
いまだに卵の匂いに違和感を覚えることもある。
それでお菓子全体が嫌いになってしまった感まであった。

かつての苦い記憶がよみがえってくる。

高校生の頃、友達と寄った店で甘いものが食べられなかった。
事務所の同僚は気を遣って、お昼には甘いもの以外にも
力を入れている店を選んでくれる。
その気持ちはありがたかったが、
自分のこの感覚をどうしようもなく恨みたくなることもあった。

クーは踵を返すと、喫茶店の前を離れた。
でこぼこの地平線に、太陽が沈んでいく。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

翌日、二日連続で早めに帰った彼女を書類地獄が待っていた。
へとへとになって事務所を出たのが、午後9時。
足取りも重く駅へ向かうと、喫茶店の窓ガラスが目に入った。
店の中から漏れる光が、歩道を照らす。

お菓子を食べる少女は、いなかった。
クーは、当然か、と思い直す。
時間が時間だし、そう何度も見かけるほうがおかしい。

だが彼女は、自分でも何だかわからない気持ちになって、
気がついたら――店の扉をくぐっていた。
彼女と同じ窓際の席に座る。
クーは自分の行動が理解できなかった。

クーは自分自身に問いかけた。
ここに来れば、あの少女に会えるのか?
それはかなり疑わしい。
そもそも、彼女に会って自分は何をしたいのかもわからなかった。


いま例の少女がひょっこり現れてまた大量のお菓子を食べ始めたら、
自分は何て言うだろう?

「そのプリンは子供のころに私がお菓子を
食べられなくなった原因を作ったもので、
それを食べれば私は、自分自身を克服できる気がする。
少しでいいから、分けてくれないか?」

そう言って、唖然とする少女を尻目に、
彼女はテーブルの皿を片っ端から空にしていくのだ。
自分の思いつきに、自分で笑いそうになる。
素晴らしく馬鹿げていた。
そんなことが起こるはずもなかった。

しばらくそうやってしばらく考え込んでいると、
バイトの学生が注文を彼女に聞いてきた。
そこで彼女はコーヒーを注文しようとして、
メニューを開いて、そこで
ぴたっと手が止まった。


わけのわからない衝動が彼女を衝き動かした。
それは、疲れているゆえの自暴自棄かもしれなかったし、
あるいは、彼女が最初から望んでいたことかもしれなかった。

クーはメニューの最後から2枚目、デザートの欄を開くと、
そこにある名前を順に読み上げていく。
アイスクリーム。ソフトクリーム。
チェリーパイ。アップルパイ。レモンパイ。
チーズケーキ。ショートケーキ。チョコレートケーキ。
フルーツゼリー、ナタデココ、杏仁豆腐。
そしてプリン。

端から端まで、一品の遺漏もないクーの読み上げに、
途中から注文を聞くバイトの顔色が変わっていくのが分かった。
何か言われる前に彼女はメニューを返して、にっこり微笑んだ。


次々に届く皿たちを、彼女は端から片づけていった。
物凄い勢いでお菓子を胃袋に詰め込んでいく。
だが、それを上回る勢いで新しい皿がテーブルに溜まっていく。
そして、そんな彼女の姿を、窓ガラスが写し出している。
外を通る人たちが一瞬視線を向けて、すぐに歩み去ってい。

あの時クーが窓の外から見た少女は、
甘いものを一心不乱に詰め込んでいた。
まるで、長いこと会えなかった友達との再会を喜ぶかのように。
窓の中の少女は、プリンに手を伸ばし、平らげていた。
その少女の顔は、何かに追われるように切羽詰まっていて、
同時に素晴らしい安堵の表情でもあった。

そして今、彼女はプリンに手を伸ばす。
あの時の少女と同じように――ゆっくりと、いっそ穏やかな気持ちで。
そして、口に入れる。
あの時の味が蘇ってきた。


日差しを切り取って、クーの家のひさしが濃い影を形作る。
幼い彼女は縁側に座って、狭い家の塀を眺めていた。
手には、プリン――母親が買って来てくれた、
甘くて、黄色くて、不思議な形をしたお菓子。

こんなものを食べられる私は、
世界一幸福な人間だと思った。

そして、買ってきてくれた母親への感謝の気持ち。

なぜ私は今まで思い出さなかったのだろうか。
嫌な記憶と共に、その記憶まで捨ててしまったのだろうか。

川 ゚ -゚)「……っ」

いつのまにか、彼女は泣いていた。
食べながら、同時に涙を流していた。

そして同時に彼女は理解していた。
ああ。あの少女は、私だったのだ、と。

あそこにいたのは、心行くまで、人目など気にせずに
お菓子を食べたかったかつての私なのだ。

堰を切ったように涙が溢れてきて、止まらなかった。

川 ; -;)「うっ……ふぐぅ……っ…うぅぅ――」

何ごとかと思ったバイトが見に来て、すぐに引っ込んだ。
しばらくして、店内のBGMの音量が少しだけ大きくなった。
さっきよりすこしだけ賑やかになった店内には、
しばらく彼女の泣き声だけが響いていた。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

クーが泣き止む頃には、テーブルの上にあった
お菓子の山は、あらかた消えてなくなっていた。
しばらく席に座っていたクーは、
ガラスに写った自分の顔を確かめる。
さっきよりは大分まぶたの腫れが引いて、普通の顔になっていた。
立ち上がって、会計を済ます。

店を出ると、満天の星空がクーを見降ろしていた。
空には、丸くて黄色い月が掛かっている。

それを見ながら、なんだかプリンみたいだなとクーは思った。

泣いたら少しすっきりした。
財布の中身はずいぶん軽くなったけど、
そんなことは知ったことじゃないと思った。

彼女は駅に向かって歩き出す。
明日の昼は、先輩をどこに誘おうかな――と考えながら。

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